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2010-01-17

元新日本プロレス・レフェリーにして柴田勝頼選手の御尊父、柴田勝久さん亡くなる(10/01/16 特別)

 名バイプレイヤーが、また一人。

スポーツナビ | 格闘技|ニュース|柴田勝久さん死去 新日本の名物レフェリー
元プロレスラーで、引退後も、アントニオ猪木が率いた団体「新日本プロレス」の名物レフェリーとして活躍した柴田勝久さんが16日、心筋梗塞(こうそく)のため死去した。66歳だった。
 柴田さんは1943年12月4日、三重県桑名市出身。大相撲の朝日山部屋から66年に東京プロレス入団。日本プロレスを経て72年の新日本旗揚げに参加した。76年2月に引退し、翌年2月にレフェリー転向。猪木やタイガーマスクらが地上波放送のゴールデンタイムに躍動した“金曜夜8時”の黄金時代などで試合を裁き、99月6月には新日本で「レフェリー引退記念興行」が行われるほどの存在感を発揮した。
» sportsnavi.yahoo.co.jp

 見出しのとおり、新日本プロレスの「名物レフェリー」でしたね。前座や中堅どころの試合をきっちり締めてメインにつなげる、名脇役でした。

 野暮ったい佇まいながらも、要所を押さえたレフェリング。相撲出身者らしい、潰れた声で「ドーリー!」と独特のかけ声が発せられると、言葉の意味は分からなくても、何故か威厳があるように感じられたものです。独特の味わいが好きだったので、退団されたときには本当に寂しく思ったものです。

 色々な方が弔意を示していますが、TAKAみちのくの言葉が人柄を偲ばせます。

千葉KAIENTAIDOJOプロレス社長TAKAみちのくの独り言:柴田さん - livedoor Blog(ブログ)
二十歳の時新日本プロレスにシリーズ参戦し回りは雲の上のような方々ばかりで不安な毎日だった時気さくに声をかけてくださった柴田さん

(略)

突然のことでまだ信じられません


あの時柴田さんの笑顔に何度も救われました


ご冥福を心よりお祈り申し上げます

» blog.livedoor.jp

 今よりずっと低く見られていたインディーの選手にも偉ぶることがなかったんでしょうね。業界の大ベテランなのに。

 プロレスを育てていただきありがとうございました。安らかにお休みください。

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