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2010-05-25

ラッシャーさん、おつかれさまでした(10/05/25 No.1)

 ラッシャーさん、おつかれさまでした。

 僕の印象に残っているラッシャーさんは義兄弟タッグやファミリー軍団のラッシャーさんです。一線で闘っていたころの試合もビデオやらテレビやらで見ましたが、やはり一番自分がプロレスを追いかけていた頃の印象が一番残っています。ライブで観ていた頃の印象が色鮮やかです。

 最強タッグの天龍・ハンセンVS馬場・木村、素晴らしかったです。序盤、相手の奇襲攻撃で戦闘不能となった馬場さんの分までひとりで闘ったラッシャーさん。油ののりきった天龍とハンセンを相手に、7分間のローンバトルを強いられましたね。ブルドッキングヘッドロックで、風雲昇り龍と不沈艦を相手にするなんて、竹槍でB29というヤツです。それでも愚直に闘い続け、力尽き、最後は馬場さんを見殺しにするしかなかったラッシャーさん。馬場さんを抱きしめて泣いていましたね。アホだなんだと言われても、僕はこの試合を義兄弟視点で見て感動しました。努力の尊さを知りました。報われなくても美しい姿があるのだと思いました。

 ただ、こういう試合がラッシャーさんの一番の魅力というわけではありませんでした。少なくとも僕にとっては違いました。最強タッグが終わって、新春ジャイアントシリーズからは、いつものラッシャーさん。そのラッシャーさんが好きでした。

 義兄弟タッグからファミリー軍団入りしたラッシャーさんは、ラッシャーさんの試合を観るために会場に行こうとなるタイプの選手ではありませんでした。そういっては身も蓋もないかもしれませんが、華やかなスター選手というわけではありませんでした。でも、会場に行ってラッシャーさんの姿を見ると、「ああ、いつものラッシャーさんだ」とほっとする気分になりました。僕らは全日本の会場に、鶴龍や四天王の激しいプロレス、はらはらする白熱戦を観に行きながら、ラッシャーさん達がいつもどおりであることを確認して安心するような気分になっていました。

 年輪を重ねたラッシャーさんが、いつものメンバーでいつもどおりの試合をしてくれる、それだけで安心した気分になる。変わらないことが嬉しい。偉大なるマンネリ。そういう選手でした。試合後の客席からの、マイクパフォーマンスをねだるコールも、みんな、いつものラッシャーさんを確認したかったんだと思います。そんな、常に、抱腹絶倒なことを言っていたわけではなかった。でも、いつものように声を出して笑いたくて、そのきっかけをラッシャーさんに出してほしくて、いつものしゃがれ声で喋ってほしくて、僕らはマイクコールをしてたんだと思います。

 それはプロレスラーとしてのラッシャーさんを低く見るとかそういうわけではなくて。プロレスラーには誰にも役割があって、人によって時によって場合によってそれぞれ輝いたり輝かなかったりするのだと思います。ラッシャーさんにはああいう輝きかたをする僥倖があり、それを活かしていた、僕らに気前よく還元してくれていた、そういうことです。

 新日時代のエピソードのように、飼い犬がノイローゼになるほど家にいやがらせをされ、嫌われるというのは、ヒール冥利に尽きるかもしれませんが、優しそうなラッシャーさんには似合わない話です。ファミリー軍団の副将として、悪役商会相手にいつもどおりやるさまはバッチリ似合っていました。国際から新日本、UWF、そして全日本と渡り歩いたラッシャーさんの青い鳥は、そこに確かにあったと思います。

 青い鳥というほどの安住の地なんて、そう誰にでも見つかるものではありません。ラッシャーさんの人柄が青い鳥を呼び寄せたのかもしれません。僕に何が分かるということもありませんが、NOAHの「終身名誉選手会長」なんて職についていて、今日までNOAHに籍をおいていたことが、それを物語っているのではないかと思います。

 

 現在のNOAHのリングに目を向ければ、あのころのラッシャーさんの役割を、田上や雅央が引き継きつつある気がします。ラッシャーさんからすればまだまだかもしれませんが、頑張っていますよ。マイティ引退記念試合の雅央なんか、一世一代ともいうべき大仕事(それでも雅央ワールド内)で、マイティさんの”おくりびと”になりました。堂々としたもんです。何も心配することなんてありません。だからあとのことは何も気兼ねなく。

 安らかにおやすみください。

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ラッシャー木村 - Wikipedia(偉大な足跡。マイクパフォーマンス集あり)

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2010年05月24日 | 【訃報】ラッシャー木村さんが逝去 | 新日本プロレスオフィシャルWEBサイト -NEWS-(新日本オフィシャルの訃報)

ラッシャー木村さん死去の報:渕 正信オフィシャルブログ - 酔々ブルース(マイクでの、永遠のライバル(標的?)のひとり、渕さんの追悼エントリー)

 マイク・ジョージだったか誰かが来日したとき、ラッシャーさんへのマイクコールに反応してたのを思い出しました。誰でしたっけ。

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コメント

名文です。少しだけ涙ぐんでしまいました。

今思うと、ラッシャーさんを一大ヒールに仕立てあげたのだから、猪木の才覚も相当なものです。当時は僕も子供だったので、単純に「猪木、木村をやっつけろー!」でしたが、もし今の年齢であの抗争を見ていたら…。ラッシャーさんの置かれた立場。哀愁。「生きていく」ということとは…。切ないものがあります。それを耐え忍んだからこそ、馬場さんという「青い鳥」に出会えたのでしょうね。謹んでご冥福をお祈り致します。

先のエントリーにも書かせていただきましたが。

ラッシャーさんのマイクには、人生の光と影、酸いも甘いも知り尽くした人間の持つ「人情」や「魂」が込められていると思います。
ラッシャーさんが亡くなったことについては私も悲しみを覚えます。
しかし、ラッシャーさんだったら、「私のために涙を流して下さるのはありがたいのですが、どうか泣かないでください。私は向こうの世界で兄貴と一緒にまた楽しくやっていきたいと思います。ですから皆さんも、世間の荒波に負けることなく、頑張って生き抜いて下さい」と語りかけて下さるんじゃないかな、と思います。
だから、私たちは笑顔でラッシャーさんを馬場さんのいらっしゃる世界へお見送りするべきじゃないのかな、という気もします。

改めて、ラッシャー木村選手のご冥福をお祈りいたします。

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